活動報告

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【8/20勉強会報告:誰もが安全になるために・・・】

2021年8月20日は、「新型コロナワクチンと医薬品特許」と題して、アフリカアジア協議会の国際保健部門「新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!」呼びかけ人の稲場雅紀さんをおよびしてお話をお聞きしました。

 

BiPHで医薬品特許の問題を取り上げるのは、3回目です。1回目は2019年6月にアジア保健研修所(AHI)との共催でドキュメンタリーフィルム「薬は誰のものか」を視聴してディスカッションする会を開催しました。この後、「薬は誰のものか」の日本語版で解説をしている稲場さんをAHIとBiPHの合同職員勉強会にお招きしました。それきっかけに、医薬品について考える第2回を企画。すでにCOVID-19がパンデミックとなっていた2020年7月、BiPHてらこやでお話いただきました。

 

稲場さんたちが呼びかけた「新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!」連絡会は、2020年12月16日の第1回から、現在までに5回のウェビナーを開催しています。毎回200人近い参加があるとのことで、とてもレベルの高いプレゼンテーションと質疑応答が行われています。

 

ただ、少し聞き慣れない用語が飛び交うこともしばしば。連絡会のウェビナーをちょっとむずかしいかな、と感じるような人々に向けて、医薬品の知的財産権についての問題意識の裾野をひろげよう、というのが今回の勉強会の企画意図。「薬に関係はしているけれども、医薬品の知的財産権のことは考えたことがないような人」、すなわち、医療関係者や患者さんなどを参加者として想定しました。

 

そこで、いつもとは少し趣向を変えて、スピーカーとファシリテーターの対話形式。はじめての試みです。ファシリテーターからの問いかけに、スピーカーである稲場さんにプレゼンテーションスライドを使いながらお答えいただく形で進行しました。

 

稲場さんの最初のスライドは、2021年3月7日の新聞の切り抜き。ファイザーのロゴと菅首相の顔写真とともに「ファイザー『首相を出せ』」という大見出しが、ぱっと目に入ります。何のこと?と一瞬思いますが、一国の首相に「ちゃんと自らが交渉の席に着きなさい。」といえるくらい、知財権をもつ企業には大きな力があることを示しています。たとえば、どのワクチンをどこに、いくつ、いくらで売るかといったことを独占的に決める権限を有しているのです。

 

 

そして、知的財産権についての基本的知識について、わかりやすく押さえていただきました。いつ頃から、何のために作られた制度なのか、何年くらい続くのかなど、基本的な点からです。知的財産とは、財産的価値を有する「情報」のこと。使ったらなくなるわけではないので多くの人が同時に利用できます。その情報の創造に要した創作者の資金や労力に報い、一定の利益を挙げられるように、一定期間保護するのが知的財産権の保護とのことです。ちなみに、よく聞く「特許権」「意匠権」「著作権」なども知的財産権の一部です。

 

もとはといえば、創作者の権利を保護するためにできた制度。しかし、知的財産権を、戦略的に利用しようという国、産業界、大学などの方針により知的財産を取り巻く環境が大きく変化しているとのこと。なるほど、大学勤務をしている筆者も「産学官連携」や知的財産に結びつく研究の奨励はしばしば耳にします。

 

もともと、知的財産権保護のルールは国によって異なっていました。しかし、世界貿易機関(WTO)が創設され、1995年に結ばれた「貿易関連知的財産権協定(TRIPS協定)」が状況を変えました。すべてのWTO加盟国は、先進国の知的財産権保護基準にもとづいた厳しめの法律を整えることを余儀なくされます。たとえば、インドの特許法は同じ物質でも違う製法で作ることを可能としていました。その影響もあってインドはジェネリック大国だったのですが、インドも法律を改訂せざるを得なくなったのです。

 

ここまで押さえた上で、HIV治療薬の知的財産権問題に関連して、HIV治療薬をめぐる、患者をはじめとする市民の闘いの歴史について話をすすめていただきました。どうやってHIV治療薬へのアクセスを勝ち取って行ったのか。HIV治療薬がはじめて開発された頃、年間に必要な薬の値段は300万円くらいだったとのこと。HIV治療薬へのアクセスを容易にするために医薬品法を改正した南アフリカ政府を製薬会社が訴えたこと、後に製薬会社はこの裁判から撤退せざるを得なくなったこと、WTOでドーハ宣言が出されたこと。そして、さらに、HIVなどの対策への国際協調のしくみができていったこと、などです。

 

ドーハ宣言では、加盟国が公衆衛生を保護するために強制実施権を発動することを妨げないことに合意しました。強制実施権が許諾されれば、特許権をもつ者の承認なしで技術を使用できます。とはいえ、国にとってもこの強制実施権を発動するのは難しいもの。より安定した合法的なしくみとして、「医薬品特許プール」へと移行していったとのことです。医薬品特許プールとは、特許権をもつ企業が一定の支払いを受けてライセンスを提供するものです、航空券連帯税をおもな財源とする国際的資金で賄われています。そして、インドやパキスタンなどのその薬を作ることのできるジェネリック会社が、医薬品特許プールと契約してその新薬を製造して途上国に提供する。つまり、特許のしくみはそのままに、特許期間中に新薬を安価に供給するしくみです。

 

そして、今回のCOVID-19パンデミックが発生しました。パンデミックであれば、どうしても格差がでてきてしまいます。そして、「誰もが安全になるまでは誰も安全ではない」ため、グローバルに解決しなくてはなりません。幸い、2000年以降、世界には貧困や感染症に対して、グローバルに取り組みためのしくみがたくさんできていました。前述の医薬品特許プールもそうです。ワクチンや治療薬を供給するためのお金を集めるしくみ、開発のために、研究者、資金、各国政府のコミットメントなどいろいろなものを1つに集めるしくみ。こういうものをひとまとめにして、開発から供給までを一手にとりまとめて、世界中でコロナにとりくみましょう、という「COVID-19関連製品へのアクセス促進枠組み(ACTアクセレレーター)」ができました。ニュースなどでもしばしば耳にする「COVAX」はこの枠組の中の一部です。パンデミック宣言から1ヶ月と少しでこれができたのは評価すべきことだと稲場さんはいいます。

 

一方で、うまく行っていない点が2点あるそうです。1つは、この枠組の中でワクチンに関するCOVAXについては供給ができなくなってしまったこと。COVAXには資金は集まったそうですが、インドの製薬会社に頼りすぎていたため、インドの感染爆発による国内優先の方針となったことが大きな原因です。もう1つには、ワクチン以外(治療薬、診断・検査、保健システム)については、資金が全然足りていないのだそうです。

 

ワクチンの供給が足りないことにどう対応すればいいのか?実は途上国にも、技術移転してもらえれば作れる会社がたくさんあるそうです。それで、2020年10月2日、インドと南アフリカは、COVID-19に関わる特許などをCOVID-19が終息するまで一時的に免除するという提案をしました。対等なパートナーシップによって途上国の会社に技術移転して、アフリカのワクチンはアフリカで、東南アジアのワクチンは東南アジアで、、、と各地域で供給して、世界の公衆衛生ニーズを満たしていくというアイディアです。賛同国は徐々に増えているようです。当初反対国だったアメリカが賛成に回ったことや、それに反応して日本が態度を少し変えたことが報道されました。ただ、勉強会の時点でまだ大きな進展はないとのことでした。

 

知的財産権の免除はまだですが、決まり次第すぐにでも対応できるような、しくみづくりも並行してすすんでいるそうです。たとえば「アフリカmRNAワクチン技術移転ハブ」構想といった、技術移転されたアフリカの会社が生産したワクチンを、アフリカ向けに供給するしくみです。また、この提案自体が、巨大製薬会社にとってのプレッシャーになっているそうです。ひとつには、モラルに対する国際的非難、もうひとつには、そうしている合間に中国、ロシア、キューバに市場で優位を取られてしまうこと。そういったプレッシャーにより、巨大製薬会社もライセンス提供などの動きをみせているようです。

重要なのは、これは最後のパンデミックではないことだ、と稲場さんはいいます。これから発生するパンデミックに対応できる恒常的な備えが必要というのです。そのために、「先進国の巨大製薬企業が開発、途上国の企業が生産、先進国が資金を出して国際機関で購入」というこれまでの発想から脱却しないといけない。それにかわる「共有と協力」の発想。つまり、対等な連携にもとづいて、途上国・新興国で製造能力のある企業を発掘し、技術の供給と移転を行い、各地域で生産能力を強化していかないと、グローバルニーズは満たせない。

 

話が少し大きくなったので、最後に、私たちが市民として何ができるかについてお聞きしました。HIV治療薬をめぐる患者・市民の闘いに参加してきた稲場さんをしても「とても難しい」とのこと。知的財産権の問題は「とても政治的」なので、市民と政治の距離が遠い日本ではできることが限られてしまうというのです。あえていえば、日頃から関心を持つ、署名などの呼びかけがあれば反応する、大学の授業などでこの問題を教える、知的財産権の学会などで議論してもらう、などそれぞれのネットワークでできることはあるにはある、とのこと。しかし、例えば、SDGsに関連して、プラスティックを使うのをやめよう、節電しよう、ということがひとりひとりにできても、では日本政府がSDGsについてどういう政策をとるのか、ということについて市民が政府に働きかけにくいというのが日本の特殊事情というのです。

 

それでも、このように少しずつ理解の輪を広げていければと思います。

 

稲場さんのあふれる経験と知識に加えて刺激的なスライドと、近藤さんの絶妙なファシリテーションによって、難しい話をとてもわかりやすくお聞きできました。お二人には深く感謝したいと思います。

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