7/23勉強会報告:「新型コロナ対策の中で考える『薬はだれのものか』-医薬品へのアクセスと市民社会」
7月23日(木・祝)の勉強会は、特活)アフリカ日本協議会(AJF)国際保健部門ディレクターである稲場雅紀さんをお呼びし、「新型コロナ対策の中で考える『薬はだれのものか』-医薬品へのアクセスと市民社会」と題して行いました。
BiPHがこの問題に関連した勉強会を開催するのは3回目です。まず、昨年6月に、ドキュメンタリーフィルム「薬は誰のものか―エイズ治療薬と大企業の特許権」を視聴してディスカッションする会をアジア保健研修所(AHI)と合同で開催しました。このフィルムは、市民社会がHIV治療薬へのアクセスを勝ち取ってきたさまを示しつつ、医薬品と特許という重要な点についての問題提起をしています。しかし、具体的にどのように問題が解決されていったのかが時系列で整理されていないなど、わかりにくい点もありました。
そこで、今年の3月に稲場さんをお呼びしてAHIとBiPHの合同職員勉強会を行い、ディスカッションを深めました。その時に9月のBiPH勉強会講師をお願いしていたのですが、その後COVID-19が世界を圧巻したのはみなさまご存じのとおりです。そこで、今回は特にCOVID-19対策の中で浮上してくると思われる問題を中心に「薬はだれのものか」についてお話していただくことになりました。
稲場さんの主なメッセージは2点だったと思います。1つめには、HIV治療薬へのアクセスを改善してきたこの20年間の蓄積があり「ゼロからの出発」ではない、つまり、世界が連帯するための共通認識としくみの基盤はあったということ。もう1つには、その基盤をもとに、COVID-19に立ち向かうためのグローバルパートナーシップが既に動き始めているということです。
そもそも、新しく開発された医薬品にすべての人が等しくアクセスできない主な理由の1つにその価格があり、手に届く価格にならない背景には知的財産権によって保護されていることがあります。これに関連して、政府は特許権者の許諾を得なくてもその技術を使う権利を第三者に認めることができる「強制実施権」を発動できることになっています。2001年のWTO会議で採択された「ドーハ宣言」では、国家的な公衆衛生危機においては、各国が強制実施権を行使することを妨げないということが決定しました。実際、ルワンダ、ブラジル、インドネシアなどが発動し、医薬品を製造してきたそうです。一方、国の立場上、強制実施権を発動することで不利益を被ることもあり、そうそう簡単に発動できるものではないとのこと。
そのような中で、より安定した合法的な形で低所得国に医薬品を安定供給できるしくみとして2010年に設立されたのが「医薬品特許プール」です。公的資金をグローバルに確保するための「ユニットエイド」の拠出金をベースとしており、ユニットエイドには日本国政府も多くの資金を拠出しています。このような特許プールに参加することは企業にとってもメリットがあることや、企業の社会的責任(CSR)を求める潮流の中で、製薬企業側も少しずつ変わってきたという点についても説明がありました。現在、治療薬だけではなく、ワクチンや診断技術も含めて、開発と送達のためのさまざまなグローバルパートナーシップが構築されているようです。
最後に、医薬品特許プールの設立から10年後におこったCOVID19蔓延に対応してできたしくみとして、「COVID-19関連技術アクセス促進枠組み(ACT Accelerator)」と「COVID-19技術アクセスプール(C-TAP)」を紹介していただきました。前者は、WHO、欧州連合、G20議長国、アフリカ連合などの呼びかけによって2020年4月29日に誕生しました。ワクチン、治療薬、診断技術に関する開発と平等なアクセス保障のためのしくみです。国際機関や民間財団が協力し、日本は2番目の拠出国になっています。後者は、コスタリカとWHOが37か国の支持のもとに5月29日に設立したCOVID-19に関係する技術の特許プールです。医薬品特許プールやユニットエイドと連携して活動しているそうです。
稲場さんのお話は、COVID-19拡大の中で「人類社会はホッブスの自然状態に戻ってしまったのか?」からはじまりました。そして、最後は「世界はかろうじてホッブスの自然状態ではない。」としめくくられました。その背景には市民社会の世界的連帯があったこと、その力を具体的な解決につなげるためのしくみづくりが綿々となされていることを、熱のこもった稲場節でお話しいただきました。
今回は、BiPHにとってはじめてハイブリッド式(対面とウェブの併用)で実施した勉強会でした。そして、学部生から国際会議で発言なさるような方まで、BiPHの会員を超えた幅広い方々にご参加いただきました。そのため、ハイブリッドでの開催と、幅広い参加者の期待にこたえるためのファシリテーションの難しさを実感した会でもありました。
スライドショーの形で画面共有がされなかったり、途中配信が途切れたりといった技術的な不手際もあり、参加者の方々にはご迷惑をおかけいたしましたが、それにも関わらず、ほとんどの方が会の最後まで残っていただいたのは、稲場さんのエキサイティングなお話と、参加者のみなさまのご協力のたまものと感謝しています。運営に関しては、今回の反省をもとにさらに努力を積み重ねていきたいと思います。そして、今回のトピックである医薬品へのアクセスについては、引き続き取り上げて考えていきたいと思います。
なお、アフリカ日本協議会のページでは、この問題に関連して、さらに詳しく稲場さんの論説を読むことができます。